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「世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい」キノの旅はオサレ名言ボットなのか?【前編】

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こんにちは、よたヲです。

前回に引き続き、『キノの旅 the Beautiful World』の第一巻をご紹介していきます。
※ネタバレありです。未読の方への配慮はあえてここまでにさせていただきます。
ten.octoworld-blog.com

お喋りではないキノが生み出す数々の名言


さらりとライトに読めるのに、なぜか後味は少しヘビー。でも、クセになる。

それがこの小説の魅力だと、前回お話しました。

ライトに読めるのは軽妙な二人の会話から生み出される世界観のおかげです。
後味が重いのは、毎回、何だか割り切れない思いにさせられるからです。

じゃあ、クセになるのはなぜでしょうか。

それはそれぞれのお話には必ず名言となる台詞があるからです。

そして名言は必ず物語の中で生み出されるものです。今回はその「物語」の部分に焦点を当てていきたいと思います。

それでは一巻の各話を順に解説していきましょう。

【人の痛みが分かる国——I See You.——】


あらすじ

ある日、二人(一人と一台)が訪れたのは高度な科学技術を持ち、あらゆることがオートメーション化された、利便性が発達した豊かな国だった。
しかし、なぜか人々は互いに顔を合わそうとせず、皆森の中にある自分の家に引きこもっている。

疑問に思いながらも、やっとのことで話せた男性(どもり症末期患者のエレダダ・イイツイさん)は、他人と話すのは10年ぶりだと言って泣き出してしまう。

ワケを聞くと、男性は落ち着いてこう言った。

「ここは人の痛みが分かる国なんだよ」

男はそう言って、この国で起こったある出来事を語り始めた。

ー以上があらすじです。

実は、この国の人間は皆テレパシーが使えるのです。

10年前、とある薬の開発によってそれはもたらされました。そして、その動機はとても単純かつ善良的なものでした。

「君たちも昔親から言われたことはないかい?人の痛みが分かる人間になりなさいって。そうしたら相手のいやがること、相手を傷つけることをしなくなる」

他人の考えが分かれば、それはきっと素晴らしいことだ。

しかし、建前の素晴らしさに反して、実際は皮肉な結果だけが待っていました。

近年、『ザ・サークル』というSF小説が海外で出版されましたが、

ザ・サークル

ザ・サークル


この国で起こった出来事はまるで『ザ・サークル』の後日談のようです。

お互いの考えが常時伝わるということは、当然伝えたくないことまで自動的に相手に伝わります。

すると、男は恋人が自分に劣等感を抱いていたことを知ってしまいます。そして、自分のことを馬鹿にしているという被害妄想(しかし、テレパシーで伝わっていることを考えるとおそらく真実)までが露になり、二人は喧嘩の末、別れてしまいました。

これと同じような事が国中で起こります。

中には、若い女性に近づいただけで、婦女暴行未遂と猥褻物陳列で訴えられる人まで……。

これは筒井康隆の『七瀬ふたたび』の冒頭の列車シーンを思わせます。
七瀬ふたたび (新潮文庫)

七瀬ふたたび (新潮文庫)

美女である主人公の七瀬はテレパス持ちで、自動的に周囲の人間の心の声が聞こえてしまう異能の持ち主です。

列車の中の男たちの頭の中で、彼女は素っ裸にされたり、あられもない姿であれやこれやと勝手に妄想されていたというわけです。

こうしてこの国の人々は他人と会うことを嫌い、皆自分の家に引きこもって生活するようになってしまったのです。

一億総ニート社会のいっちょ出来上がり。


話し終えた男は国を出ていこうとするキノにここで一緒に住まないかと提案します。

男はしどろもどろで顔は真っ赤です。

それに対し、キノはきっぱり断り、あっさりと国を出てしまいます(実は、キノの自分ルールで、一つの国の滞在期間は3日間と決まっている。男と出会ったのは最終日だった)。

相棒(喋るモトラド)のエルメスは言います。
「それにしても、キノに惚れるなんて。なんて変ったシュミのお方だ」

その後、しばらくしてからキノは思い出したように語りだします。

「あの人は最後にボクを見て、『死なないでね』って思ってくれたような気がするよ」

「ふーん。それで?」

「だから、ボクは『ありがとう』って返事をしたのさ」

「なるほど。でもそれ、向こうにきちんと伝わったかな」

キノは口に出してその言葉を言ったわけではありません。ただ、互いに見つめ合っただけです。
だから、エルメスのこの疑問は当然のものと思います。

さらに、それは暗にその思いをきちんと伝えなくて良かったのか?と言っているようにも受け止められます。

それに対して、キノは微笑みながら、言いました。

「さあね」

そして物語は幕を閉じます。

この曖昧模糊としたキノの答えは、しかしとても明解です。

「思い」というそもそも存在の不確かなものに対するキノなりの価値観が透けて見えます。

思いは伝えるものではない。

こういう答えを自然と持ち得ることが出来ていれば、この国の歴史はもう少し違うものになったかもしれません。

【多数決の国——Ourselfish——】


あらすじ

そこは石造りの建物が美しい国だった。

しかし、なぜか住民に出会えない。その代わりあったのは広大な草原に立ち並ぶ墓標の列だった。

余談ですが、ヱヴァンゲリヲンにもそんなシーンがありました。
視聴時、私はそのあまりの広さにぶったげたものです(地平線の果てまで墓標が並んでいるのです)。
悲壮感を超えてあれはもはや滑稽でさえありましたが、起きた惨劇の大きさを犠牲者の数で表すのはとても一般的なことです。
あれはそれを視覚的に表現したインパクトのあるシーンでした。

そういえば、それについては空想科学読本4で検証されていましたね。
大体東京23区から足立区を抜いたくらいの広さだそうです。
どひゃあ。
空想科学読本4[新装版] (空想科学研究所の本)

では、この国で一体何が起きたのでしょうか。

滞在最終日にしてようやく会えた男は言った。
「……私は、この国の住人だ。唯一の住人だ……」

男は語りだした。

この国で起きた革命と、その後の皮肉な顛末を。

独裁も多数決主義も結果は同じという皮肉

フランス革命をご存知でしょうか。

聞いたことはある。歴史の授業で習った。有名なマンガで知った。

そんな声が聞こえてきそうです。

この国でも同様のことが起こりました。

王様の圧政(大抵飢饉に由来する)に苦しんだ農民たちが一斉蜂起したのを皮切りにして、国民の王政への不満が爆発し、革命が起こりました。結果、王は処刑され、この国に市民による自治政権が誕生しました。

まさしくフランス革命そのものですね。
そして、その後のいきさつも血みどろという点においてはまったく同じ道を辿りました。

フランス革命では、派閥同士のいざこざや賛成派による反対派への大虐殺が行われ、パリやその周辺の村々で人が大量に殺されました。
ちなみに殺したのは王侯貴族のような支配階級ではなく、それまで普通に畑を耕していたような人や、町の一般市民たちです。
要するに、派閥の違いだけで市民が市民を殺して回ったのです。

当然、国内の情勢は大いに荒れます。

当時のフランスがどんだけ無茶苦茶だったかというと、革命のリーダーであるマクシミリアン・ロベスピエールが派閥争いの末に処刑されるのですが、それがなんと王の処刑後、僅か1年半後のことだったというくらいです。

ナポレオンが登場するまでフランスはそんな阿鼻叫喚の地獄絵図のようになってしまいました。

さて、キノの訪れたその国はというと、なんとそのような仲たがいは起こりませんでした。

なぜなら、彼らは王亡き後の政治を全て国民の直接投票で決めることにしたからです。

王の処刑もその方法で決められました。
家族一同、まとめて吊るして落としたのです。

その後、あらゆる行政や法律がこの直接投票によって制定されていきます。

こうして、平和な無血革命(王族を除けば)が成就した、ように見えました。

しかし、ある時、「全てが直接投票だと手間が著しくかかる……誰かリーダーを投票で選び、その人に権限を与え何年か国の運営を任せたらどうか?」と言う者が現れました。

要するにそれは近代以降の政党政治や統領制の提案でした。

しかし、その主張は通りませんでした。

男は言います。
「……一人の人間に力を与えてしまい、奴が暴走をした時、誰がどうやって止められる?……」

現実の歴史を見れば、この意見を一笑に付すことはできないでしょう。

近代以降、国民により選ばれたリーダーによって引き起こされた悲劇や惨劇は枚挙にいとまがありません。

先ほど触れたマクシミリアンも最後は独裁者となり、反対派の憎しみを大きくした結果、処刑されたのです。

そして、投票の結果この案は廃されました。
しかし、それに留まらず、彼らは例によって投票を行い、異を唱えた者たちは賛成多数で皆有罪となりました。

男はそんな危険な考えを持つこと自体が、国の未来に危険だと判断したと言います。

そして、彼らは皆、一人の例外なく処刑されます。
例の家族一同吊るして落とすというやり方で。

「……皆の国家に逆らうやつらはそれがお似合いだ」

そして、その後もこの処刑は後を絶ちませんでした。

次々に反対意見を唱える少数派を男たち多数派は国家に逆らおうとする奴らと見なして廃絶していったのです。

そしてそれは新政府樹立後、実に13064回も行われました。

現実では、人はこれを弾圧と呼びます。

その結果生み出されたのが、あの広大な墓場だったというわけです。

そして、最後の処刑は1年前。

男の古くからの仲間だった者がついに国を出ていくと言い出しました。
それを男とその妻が止めようとしましたが、例によって投票によって決める事となりました。

投票者は3人。

すでにこの国の民は男と妻と独り身の友人だけになっていたのです。

そしてその友人も投票の結果処刑されます。

さらに、運の悪いことに男の妻がその半年後に病死してしまったのです。

ただの風邪でしたが、医者がおらず、手の施しようがなかったのです。

こうして男はたった一人の国民となってしまったのです。もはや喜劇。

しかし、それでも男はなおも主張を曲げません。

「……そう、全ての物事は、より多くの人が望む道を選ぶべきだ。それを投票で知り、総意として平和的にその道を選ぶ。それこそが人が歩むべき、そして致命的な間違いを起こさない唯一の道だ!」

最後に男はキノにこの国に残って欲しいと頼みます。
しかし、キノは自分が課した3日間の滞在ルールに従い、国を後にします。
「さよなら王様」というつぶやきと共に。


国を出たキノは2つの道の袂で立ち往生していました。

どちらか一方が次の目的の国に通じています。

「右かな、道の幅が太い」「左でしょ、道の土が硬い」

二人はどっちが正解の道か判断しかねていました。

しかしキノはすぐさま「左の道」を選びます。

キノが優柔不断な性格であることを知る相棒は驚きます。
「一体どういう風の吹き溜まり?」
「……吹きまわし?」
「そうそれ」

物は試し。

キノは早速エルメスを急発進させて、「右の道」に進みました。

「だましたな!」と抗議するエルメスにキノは言います。

「だましてなんかないよ。物は試しなら、どっちに行ったっていいじゃないか。違うかい?」

キノはアクセルを全開にしてその道を突き進んで行ってしまいました。

道を誤ったら、戻ればいい。
キノはそういう選択をしたのです。

あまりにも間違いが許されないのでは息が詰まります。
そしてついには息の根すらも止めてしまうのです。
あの国の様に。

しかし私はあのたった一人の王様を素直に笑うことができません。

選び間違いなど許されない。選んだ道を降りることなどできない。してはならない。
現代のこの日本を生きていると、そんな空気を日々肌で感じるからです。

受験。就活。キャリアアップ。転職。結婚。

どっちつかずの分かれ道が人生の半ばにたくさんあるのです。
そして、それらは大抵自分の人生に大きな影響を及ぼす(とたくさんの人が思っている)のです。

しかし、キノはそういうしがらみを軽々と越えていきます。

旅人の気楽さゆえか、それとも彼女の人生観によるものなのか。

間違えたら戻ればいいじゃんと言える気軽さを持つことも大事な事なのですね。

【レールの上の3人の男——On the Rails——】


前編最後は、キノの旅シリーズ屈指の寓話らしいお話です。

あらすじ

森の中は迷いやすい。すぐに方角が分からなくなるからだ。
キノは森の中をエルメスに乗って進んでいた。
いちいち止まってはコンパスで方角を確認しながら。

そのうち森の中にレールが現れた。

そのレール上で一人の老人が黙々とレールを磨いている。
聞くとその老人はなんと50年もその作業を続けているというのだ。老人は鉄道会社の命令で、国を出て延々とその作業を続けているのだという。

その老人と別れると今度は別な老人に出会った。
なんと2番目に出会った老人は折角最初に出会った老人が磨いたレールを取り外していた。
聞くと、会社の命令で要らなくなった線路のレールを外している最中だと言う。50年間。

「レール、長年使っていないわりには、ずいぶんきれいですよね?」

「ああ、ずっとじゃ。不思議じゃのう。しかし、おかげで外しやすくてええよ」

その老人と別れ、走りにくくなった道の上でエルメスを転がし続けていると、キノはまた老人と出会った。

しかも、
「レールがある」

その3番目に出会った老人に話を聞くと、前にあった線路がひょっとしたらまた使われるかもしれないからという理由で線路を敷く仕事を会社の命令でやっているのだという。
かれこれ、50年間。

「……まだ止めろと言われてないからな」

そして最後にキノたちにこう言った。
他の2人と同じように。

「旅人さんは、何処へ行くんだい?」

働くって(生きるって)なんだろう

寓話と言えばなんといってもイソップ物語です。
イソップ寓話集 (岩波文庫)

その中に『農夫と息子たち』というお話があります。

怠け者の3人の息子たちに、亡くなる寸前の老い父親が畑に宝を隠したから、収穫を終えたら畑を掘ってみろと言いました。
3人は言いつけ通りに探しますが宝は見つかりませんでした。
翌年、土がよく耕されたその畑では例年にないほどの大豊作に恵まれたのでした。
ちゃんちゃん。

これは労働こそが宝であるという教訓のお話です。

一方、この『レールの上の3人の男——On the Rails——』はどうでしょう。

一人は治して、一人はそれを壊して、一人はその後に作っています。延々と。

治す意味はあっても壊しているので意味がありません。そして3人目の仕事は壊しさえしなければ無かったはずの仕事で、それももしかしたら使うかもという無意味な理由から始められたものです(そしておそらく本当に使われることはない)。

彼らは互いに出会うことなくレールの上でいつか倒れるのでしょう。
そして、その日が来るまできっと彼らは祖国に残してきた者たちの為に延々と己の仕事に従事し続けることでしょう。

どう考えてもやらなくてよい仕事に彼らは一生を捧げているのです。

これを滑稽と笑いたいところですが、ふと自分の仕事を振り返って思います。

それは本当にやらねばならない仕事なのか。

勿論、仕事は必要なものです。
社会が維持できなくなるからです(そこに疑問を投げかければ話は変わりますが)。

しかし、例えばです。

・一度きりしか読まれないかもしくは誰も読まない資料作り。

・目的の曖昧な会議。

・いまどき紙でやる仕事全般。

こんな風に、実際、無駄なのに公然と行われている業務ってあると思います。

そして疑問を持たずにそれらの仕事に日々精を出している人々がいます。まさにあのレールの上の3人のように。

しかし、かといって彼らを笑うことは、私にはできませんでした。

なぜならそれでしっかり給金が発生しているのですから。つまり、彼らはそれで生きている人たちだからです。

生きる事が無意味とは思いません。仕事は究極的に言えば生きるためにすることです。 その為の報酬です。それを得ることが出来るのならば、無意味だろうと無駄だろうと、虚業だろうと関係ありません。

つまり、労働こそが宝なのです。

さて、実はここで一つの疑問が湧いてくるのですが、さすがにレールを外れそうなので今回の考察はここまでといたします。


このお話では、キノたちは完全に傍観者となっています。敢えて主役は誰かといえば、勿論それはあの3人の老人たちです。

そして、今回の名言は老人たちが必ず言う
「旅人さんは、何処へ行くんだい?」です。

この自分の身をまったく振り返らない台詞。たまりませんね。
そして、この台詞が全てを言い表しているように感じます。

気負うことなく、彼らの様にただ労働に精を出してみるのも悪くはありません。
過労死という言葉が最近よく巷で持て囃されておりますが、自分のやっている仕事など所詮無意味なものと思えば、もっと気楽に働けるような気がします。

【まとめ】 時雨沢恵一は現代の星新一か?


前編となる今回は『キノの旅』の物語そのものに注目して解説しました。

それを通して見えたのは、このライトノベルが実によくできた寓話集であるということです。

そして、かつてこんな寓話をショートショートという形で戦後の日本に送り出した人がいました。

それが星新一です。
星新一 - Wikipedia

ボッコちゃん (新潮文庫)

ボッコちゃん (新潮文庫)

星新一レイ・ブラッドベリの『火星年代記』を病床で読んだのがきっかけでSF小説に目覚めましたが、彼のショートショートは肝心のSF界ではあまり評判が良くありませんでした。
実際、彼は星雲賞(SFファンから送られる賞)を一度も受賞したことがありませんでした。

実は、それと似たような話があります。

キノの旅』が電撃大賞に送られた際、落選しているのです。しかし、最終選考まで残ったことにより、全文が『電撃hp』に載せられました。

そして、文庫化するとシリーズ累計で785万部(2015年現在)を発行する超人気シリーズとなりました。

片や業界人に受け入れられ、片や業界のファンに受け入れられたという違いがありますが、あまり太鼓判をおされていないところがよく似ています。

実際、その頃は『フォーチュンクエスト』や『スレイヤーズ』がすでに一定の地位を築き、『ブギーポップは笑わない』が大ヒットしていました。(そして、その後『灼眼のシャナ』が現れ、徐々に“萌え”という新たなジャンルの枝も伸び始めます)

そんなバトルファンタジーの枝が太く伸びていた時代に現れたこの『キノの旅』は異色中の異色。

最初は戸惑いもあったかもしれません。しかし、黒星紅白さんの魅力的なイラストもあってか結果は大成功となったのでした。

さて、次回の後編では、キャラクターの魅力に迫って解説していこうと思います。

この一巻だけでも、主人公のキノやその相棒のエルメスだけでなく、亡国の王子シズやその相棒の陸(喋る犬)など今後主要となる登場人物たちが現れます。

ライトノベルの魅力は何と言ってもキャラクターです。

次回はそんなラノベの魅力の核たる部分に焦点を当てていこうと思います。

それでは、次回もどうかお楽しみに。

(文:文月)