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「世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい」キノの旅はオサレ名言ボットなのか?【後編】

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今回も引き続き、『キノの旅 the Beautiful World』の第一巻をご紹介していきます。
※相変わらずネタバレありです。

前編では『キノの旅』一巻を「物語」に注目しながら、各話解説いたしました。
ten.octoworld-blog.com

しかし、ライトノベルは純文学やいわゆる文学作品と呼ばれるような小説に比べ、よりキャラクター性に特化したジャンルです。いうなればラノベの魅力はキャラクターの魅力でもあるということなのです。
なんて、実は一概にそうとも言えないのですが、少なくともこのブログではそう定義しようと思います。

というわけで、後編は『キノの旅』の「キャラクター性」に注目しながら解説していこうと思います。

コロシアム—Avengers—


今回は先にあらすじを紹介せずに、お話の順を追って見ていこうと思います。また、各シーンで重要な台詞を抜き出しながら、キャラクターの性格に注目していきます。

物語が始まると、珍しくキノはエルメスを飛ばしながら次の国へ向かっています。
荷物をびしびしがたがた震わせながらエルメスをぽんぽん跳ねさせています。それでもキノはアクセルを緩めようとはしません。

「知ってるかい、キノ。モトラドの常識では、最高速度っていうのは、『出したら壊れる速度』のことなんだよ」

「たまには、自分の最高の実力を出すべきだ。そうしないと、知らない間に腕は鈍るものさ」

いつになくキノは浮かれています。
そして、この台詞がこの後のキノの運命を自ら如実に物語っていたりします。

実はキノは以前に、誰かから教わった素晴らしい国へと向かっているのです。

曰く、その国は緑に囲まれた森の恵みの豊かなところで、そこに住む人々は謙虚で、質素に生きている素晴らしい人々だいう。

しかし、入国直後、入国審査所の門番から思わぬ言葉を告げられてしまいます。

「あんたは入国した。そうすると、自動的に参加資格を得るんだ。これは決定事項だ」

意味が分からず茫然とするキノに、門番はあんたは24番だとも言いました。

実はこの国では、中央にあるコロシアムでの市民権獲得大会が3か月に1度開催されています。参加は開催期間中に入国した時点で強制され、もし拒否すればその場で捕まり、一生奴隷の身に落とされてしまいます。
大会は3日間行われ、1対1の勝負を行い、トーナメント形式で進みます。ちなみに、国王を含むほぼ全ての国民が観覧します。

-ルール-
・勝負は互いに戦って、相手を殺すか降参を認めさせたものが勝者となる。もしくは、先に動けなくなった者を負けとする
・武器は自由
・他の参加者の勝負を参加者自信が観戦することはできない
・勝負から逃げると、捕まって殺される
・観覧する者はたとえ流れ弾に当たって怪我して死んでも文句は言えない
・最後に勝ち残った者は市民権とこの国に新たなルールを一つ追加する権利を得る


まさしくキノにとって寝耳に水。聞くと、7年前に今の王に代替わりしてからこの催しは始まったと言います。

今の王がこの国をエキサイティングにしてくれたと言って笑う兵士に、キノは自分のように知らずに来てしまった人がかつていたのかと尋ねました。
すると、兵士は吹き出してげらげら笑いながら言います。
お前の様に知らずに来た馬鹿な夫婦がいたのだと。そして運命の悪戯か二人は一回戦で当たり、妻は降参し、夫が勝ち上がった。しかし、夫は次の勝負で負けて殺されたのだと。

「あれは傑作だったなー!」

馬鹿にしたように笑う兵士たちの傍らで、キノは珍しく猛烈に怒っていました。

キノの実力を考えれば、その場から逃げおおせることも不可能ではないように思います。しかし、キノは勝負への参加を決めます。

キノは正義の味方なのか!?

ここで読者はそれまでのお話からは分からなかったキノの意外な一面を知ることになります。
キノは自然が溢れ慎ましい人々が暮らす平和な国が大好きです。
そして、非道な行いに対しては猛烈な怒りを覚える正義感を持った人物だったのです。

このお話までのキノは傍観者としてしか描かれおらず、彼女のもつ人間性の全貌は明かされてきませんでした。
実は、普段の冷めた態度は、人間的理性と現実主義という彼女独自の信条によるもので、一方で熱い血の通った正義感の持ち主でもあったのです。

しかし、この時点ではキノの目的はまだ不明確なままです。
次は勝負の流れを追っていきましょう。

戦う女性はかっこいい!?キノはやっぱりラノベの主人公だ

ここでキノの持つ武器を紹介します。

カノン

大口径(44口径)の6連発リボルバー。元ネタはコルト1851。
パーカッション式で弾丸と装薬を別々に詰める必要がある。手間がかかるが高威力で、しかも自動式に比べ、メンテナンス性が良い。もう一度言うが、何より高威力。

国同士の文明レベルがばらばらなこの世界ではこういう古典的な銃は重宝されるのかもしませんね。
余談ですが、桜田門外の変井伊直弼暗殺に使われた銃もこのコルトのコピーが使われたといいます。ちなみにその銃は現存していて、ちゃっかり梅がモチーフの飾りが施された美しい銃です(明らか水戸藩のだよ)。

ちなみに、キノの旅以外ですと、月村了衛の『コルトM1851残月』にもこの銃が登場します。こちらは未読ですが、『機龍警察』シリーズが一通り読み終わったら読んでみようかと思います。
コルトM1851 - Wikipedia

コルトM1851残月 (文春文庫)

コルトM1851残月 (文春文庫)

森の人

比較的小口径の自動式拳銃。主に補助的な武器として使っている。元ネタはコルト・ウッズマンという競技用の銃。
ちなみにキノの用いるのは左利き用に改良された特殊仕様。レーザーサイトや減音機などのパーツも装着できる万能型。
コルト・ウッズマン - Wikipedia

フルート

前後分割可能なライフル。元ネタは大日本帝国陸軍の二式小銃。
連射可能で、スコープを付ければ狙撃銃に早変わり。ちなみに、銃身に糸を垂らせば釣り竿にも早変わり。
二式小銃 - Wikipedia

以上の3つです。
キノはこのうちのカノンと森の人を使って並みいる敵を次々に撃破していきます。

・1回戦
筋肉に頭部をはめ込んだような大男(武器はガンダムハンマー)
開始早々、カノンで鎖の部分を破壊し、戦闘不能にする。相手は降参。

・2回戦
「うひゅひゅひゅ」男(武器は手裏剣)
地面すれすれに伏せてひゅひゅひゅっと飛んでくる手裏剣を避け、相手の腹部にある手裏剣をカノンで撃って気絶させる。
「がひょび!」

・3回戦
トロンボーンを持ったランバ・ラル(武器は火炎放射器
ホースを撃って、武器を使用不能にしたあげく、降参しない相手のこめかみを殴って気絶させる。

・4回戦
金髪の美女(武器は改造ライフル。ボルトアクションからパーツを交換して自動式にもできる)
瓦礫に隠れながらの撃ち合いの末、相手を上手く騙したキノが勝利する。相手は降参。

「嘘つきぃぃぃぃ」

「仕方ないから降参してあげるわ……あんたよく見ると可愛いわね。後でお姉さんといいことしない?」

・決勝戦
日本刀の達人シズ(武器は斬鉄剣。つまらぬものしか切れない)

強敵たちを次々に撃破し、キノは遂に決勝戦に臨みます。
ここまで一人も殺してこなかったキノですが、今回は相手も相当の使い手で、なんとキノの目と指の動きを見ただけで銃弾を刀で防いで見せます。

「凄いじゃん。世界は、美しいかどうかは知らないけれど、広いね」

関心するエルメスに、隣に居た兵士が言うにはシズもここまで相手を殺さずに勝ち上がってきたとのことです。つまりキノと同じく闘いの達人なのです。
闘いの最中、キノは森の人を弾き飛ばされてしまいます。しかし、袈裟切りに振り下ろされる斬撃を腕に嵌めた鉄甲で防ぎ、続けざまにシズのこめかみをぶん殴って後退させます。

「強いね。いろいろ説得の方法を知っているんだ」

いよいよシズが本気になります。暗に殺すことも厭わないと脅しまで言うようになります。
そんな相手に唐突にキノは自分はまだこの国で誰も殺してないことを告白します。しかし、キノは笑顔でさらにこう言いました。

「最後に一人くらいは、派手にぶっ殺してやろうと思っているんですよ」

そして、次の瞬間、シズの刀とカノンの早抜き勝負で遂に決着が付きます。

勝ったのはキノでした。

殺せ!殺せ!の大合唱の中、シズは素直に降参を申し出ます。もしくは死ねばいいのかとまで尋ねてきます。
しかし、キノはそのどちらでもないと言って、カノンの銃身をぴたりとシズの喉元に付けます。

「あなたの後ろには、誰がいる?」

その言葉の真意に咄嗟に気が付いたシズはキノの「かがめ!」の合図とともに地面に身を伏せます。

直後、カノンが火を噴きました。
大口径の銃口から放たれた銃弾はそのまま一直線に貴賓席のガラスを砕き、その先にあった王様の頭部を粉みじんにしてしまいました。

唖然とする一同の前で、キノは勝ち名乗りをします。そして、言います。

「……今からこの国にいるみんなで勝負をしよう!そして、最後に勝ち残った一人が新しい王だ!闘わない者は、国を去った時点で市民権を剥奪する!これが新しいルールだ!」

副題がAvengers(復讐者たち)だったワケ

国を出たキノは以前出会った若い夫婦を思い出していました。そのときは二人で素敵な国に行くと言っていました。
次に出会った時、夫はいませんでした。
そして、その一人だけになった奥さんは笑顔でキノに言ったのです。

「とても素晴らしい国でしたわ。キノさんもぜひ訪れるべきよ」

そこへ、シズが現れました。
シズは父を殺してくれてありがとうと礼を述べます。

実は、シズは何らかの事情で今の王が即位してから国外追放されていた王子だったのです。7年間、大会で優勝して市民権を授与されるときに王を殺すつもりでいたことを告白します。

それに対して、キノは静かに言いました。

「復讐なんて……、ばかばかしいですね」

そうです。実は、キノの目的は復讐だったのです。そして、シズの目的も。
しかし、キノを騙してこの国に誘ったのは夫を殺された可哀そうな婦人その人でもあります。ではこれは一体、誰のための復讐だったのでしょうか。

理不尽に対して、憤慨する年相応の少女らしい熱い感情と、どこか世の中を達観したような冷たさを併せ持つキノという人間。
その矛盾と切なさが胸にちょっとやるせない気持ちを残して物語は終わります。

余談ですが、
シズとその相棒の喋る犬の陸は今後も準レギュラーとして登場します。
今回は第一巻の紹介ということで彼については割愛しますが、バギーを駆るイケメン剣士の旅も次巻から見逃せない要素になっていきます。

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この一巻を気に入った方はぜひ次の巻もお手に取ってみてくださいね。

さて、次のお話では、キノという人間のルーツを知ることのできる回となっています。

大人の国—Natural Rights—


私がキノと名乗る旅人と出会ったのは、まだ私が生まれた国に住んでいた頃、私が十一歳の時だ。

お話の冒頭はこのように始まります。 今回のお話はこれまでと打って変わって「私」が主人公の一人称視点、しかも回想になっています。
つまり、今回「キノ」は完全に脇役となり、「私」と名乗る人物が明確に主人公となります。

しかし、 キノは背が高くて痩せた旅人で、私の住む国に歩いてやって来た。

しかも、

「……ボクは『キノ』さ。キノって名前の男……」

と、本人が言っています。
つけ足して言うと、服はぼろぼろ、髪はぼさぼさ。入国審査で無理やり頭に薬をかけられしまうほど不潔です。
つまり今回登場する「キノ」は、シリーズの主人公である「キノ」とは別人であるということです。

パラレルワールドなのか。それとも?

キノは入国すると、私の経営している安宿にやってきました。

ちなみに、「私」にはちゃんと名前があるのですが、作中では「×××××」となっています。これは当時を回想している「私」自身がもう名前を憶えていないからです。
ただし、それは何かの花の名前であったということと、少しもじると嫌な悪口になるらしいということだけは覚えています。

ところで、私の部屋には『後三日です』と大きな張り紙があります。
それに、昼過ぎに起きても両親は「私」を起こしにきません。

なぜなら、『最後の一週間』だからです。

私はキノがガラクタ同然になっているモトラドを修理しているところに出くわしました。
彼が言うにはこのモトラドはかつての友達の「エルメス」によく似ているそうです。

「直るの?」

と聞く私に向かって、キノは、

「治すのさ」

と言って笑いました。
ここは彼の人間性が現れている良シーンです。「治す」というのは生き物に使う言葉です。彼はモトラドを単なる物や道具とは捉えていないのです。

不潔なことに頓着せず、しかし道具に対してこのような愛着を持つにいたったワケを考えると、彼の人生は決して安らかなものではなかったことが想像できます。
どこかの国の兵士であったか、何らかの理由で国を追われたか、本当のワケは分かりませんが、彼が旅人であることと彼の人間性は非常に密接に繋がっていると思われます。

私はキノに「キノは何をしている人なの?」と聞きます。
「何」とは「仕事」のことです。

「大人は何か仕事をしなければならないでしょう?」

これに対して、キノは少しだけとまどいました。
そして、そのときのキノの気持を、回想している私は今ならそれが分かると言っています。

「……強いて言うのなら、『旅』をしているかなあ」

「いやなことはある?」

「たまにはね。でも楽しい事の方が圧倒的に多いかな」

「それじゃあ仕事じゃないよ」

ここで、キノはエルメスを治していた手を止めて私の方へ振り向きます。

「仕事ってつらいものなんだよ。楽しくないんだよ。でも、生きるためには絶対しなければならないんだよ。もしも楽しいこともあるのなら、旅は仕事じゃないよ」

11歳の私が実際に仕事をしているわけではありませんから、当然これは誰かに吹き込まれたのです。
首を傾げて曖昧な返事をするキノに対して、私はさらに言いつのります。

「だから私は、明日、あさって!あさって、手術を受けるんだよ」

「何の手術?」

「大人になるためのだよ。だから今が、『最後の一週間』なんだよ」

大人になるとは?


桜庭一樹の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の中で、こんな一節があります。

あたしは、暴力も喪失も痛みもなにもなかったふりをしてつらっとしてある日大人になるだろう。


ある日大人になる。
現実でも大人と子供の境目はとても曖昧なように感じます。でも、なるときは一瞬で、ある日突然「なっている」ことに気が付く。あるいはそう思わなければならないと気が付くものです。

しかし、「私」の国では、大人は明確に手術でなるものだったのです。12歳から上は大人で、大人は「仕事」をする人のこと。

実にシンプルです。
そして、「仕事」とは生きるために必要な、人生において一番重要なことなのだと、「私」は教えられて育ちました。
辛くとも苦しくとも、たとえそれがやりたくない行動であったり、間違っていると思ってもやらなければなりません。
これは大変な事です。

だからこの国ではそのために脳外科手術を行い、何らかの部位を取り除くことによって「仕事」をできるようにする、つまり「大人」にしてしまうのです。

ちなみに手術前の『最後の一週間』は子供は誰からも干渉を受けない決まりになっています。たとえ両親でも自ら声を掛けてはいけないことになっています。
それは最後の子供の日々を孤独に過ごすために行うのだと言います。それが何のためなのかは、誰にも教えてもらえません。

手術を受けなければ『ちゃんとした大人』にはなれないのだと言う「私」に、キノは言います。

「ボクには『ちゃんとした大人』っていったい何なのか分からない。いやなことができるのが『ちゃんとした大人』なのかな?……」

そう言うキノに対して、「私」は聞いてみたくなりました。

「……じゃあ、キノは大人なの?」

「いいや。キミの言うところの大人では、たぶん全然ないね」

「じゃあ子供?」

「いいや。キミの言うところの子供でもないと思う」

何とも煮え切らない答えが返ってきました。
そして、「私」はさらに聞きます。

「じゃあ、キノは一体何なの?」

キノは大人でも子供でもないと言います。当時の「私」にとってはその二元的な世界が全てでした。だからこれは当然の疑問だったのです。
さて、その答えは何だったのでしょう。

「ボクかい?ボクは『キノ』さ……」

これは「私」にとって、コペルニクス的な意味で世界がひっくり返った瞬間だったことでしょう。
それまで、好き嫌いをするのは子供だけだったのに、キノは好きな事(旅)をして生きています。

「私」は歌が好きで、そして得意な女の子でした。しかし、歌手になることは出来ません。才能とか機会とかそういう意味ではなくて、選択肢としてないのです。この国では、大人になったら親の職業を継ぐのが義務だったのです。

どうやら、その大人になるための手術はこの国のシステムと深い関係があるようです。キノもその話を聞いても、とくに干渉しようとはせず、「私」や「大人」たちを説き伏せるようなことはしませんでした。

しかし、この出会いは二人の運命を決定的に変えてしまいます。

「子供」でも「大人」でもない人たちへ


「私」は手術を受ける以外の方法で大人になるやり方があるかもしれない。その選択肢に気が付いてしまいました。

そして、翌朝、その考えを両親に打ち明けます。
何気なく、ただただ何気ない子供の思いつきで。

しかし、それを聞いた両親は、狼狽え、嘆き、狂ったように「私」を罵り、世間に謝れと怒ります。

回想している「私」は後にそれは心の防衛手段だったのではないかと推察しています。
「大人」たちにも葛藤や迷いがあったにも関わらず、結局は手術を受けいれざるを得なかったからこそ、それが素晴らしいことだと信じることで心の平穏を保っていたのだと。

その騒ぎは、宿の外にまで漏れ出し、事情を知った町の人々までが両親と一緒になって「私」の思いつきを非難し始めました。狂ったように叫ぶ周囲の人たち。

ここで父親は、「……全てわたく達の不徳の致すところです……」と、謝罪しますが、そこの描写はこうです。

そういって両親は周辺の空気に向かって謝ると、私を睨みつけて...

大変に滑稽な場面です。

しかしこれは現実でもしばしば……いいえ、むしろ現実の常なる光景そのものではないでしょうか。
彼らは謝っていません。謝罪の言葉と行動によってなんらかの了解を得る単なる手続きを取っているに過ぎません。
そこに心はないのです。
事務員が書類の手続きを行っているときほどに何の感慨もありません。無味乾燥としていて、とても謝っているなどと呼べるものではありません。
しかし、この場面の空虚さは現実の様々な光景と重なって見えてしまいます。

人はそれを、エクストリーム謝罪と呼びます。

この瞬間、このお話が「何」を書いていたのかが眼前に提示されます。
まさしくこれは現代の寓話であるのです。

そして、大人たちはその考え方を教えた張本人であるキノを見つけ、詰め寄ります。
そこへ、国の役人とみられる男が現れ、キノに国から立ち去るように言います。

キノはそもそも出国する予定であったこともあり、その場から立ち去ろうとしました。

しかし、そのとき、「私」の父親が突然包丁を取り出しました。咎めるキノに対し、役人は、これは処分だと言いました。そして、それが親の当然の権利だと主張します。

父親はさげすむような目をして、「私」を見つめます。

「でき損ないが……」

そして、その凶刃を娘へと向けました。
キノはそれを咄嗟に防ごうとします。

しかし、そこで父親は思わぬ行動に出ました。
切っ先をキノに向けたのです。

包丁の刃がキノの胸に深々と突き刺さります。即死でした。

白昼の街中での殺人。
ガルシア・マルケスの『予告された殺人の記憶』よろしく父親は衆目の集まる中、それを遂行したのです。
しかし、誰もそれを咎めようとしません。たまたま当たってしまったとわざとらしく言い訳する父親に対し、あろうことかその場に居た役人までその主張を認める始末です。

そこへ、
「ここにいると君死ぬんだろう?」

急に年下くらいの男の子の声がします。
その声は、茫然と立ち尽くす「私」に第3の選択を提示します。

モトラドのシートに飛び乗るんだ……」

そして、
「逃げるんだよ!」

「私」はその声を聞いた瞬間、弾かれたようにすぐ後ろにあったモトラドに跨りました。そして声が教えてくれたようにエンジンをかけ、アクセルを開いたのです。
それはキノが治したあのモトラドエルメス」でした。

そして、飛び掛かってくる血まみれの父親を躱して、「私」は国の外に逃げおおせることにまんまと成功したのです。それから、バランスを失い、倒れるまで、「私」は無我夢中で涙を流しながら走り続けました。

「非道いなあ。こんな非道いことをするのはいったい誰?」

「キノ……」

それは思わず呟いたものでしたが、「私」はあらため自分の本当の名前を教えるのを止めてしまいました。

12歳になったら手術を受けて『ちゃんとした大人』になると信じていた私。
そんなものはもうこの世に存在しません。

だから、彼女は「キノ」になることを選択したのです。

「私は……、キノ。キノだよ。いい名前でしょう」

こうして、彼女はキノと名乗るようになります。
その後、キノとエルメスは森の中を彷徨い、そこで出会った老女“師匠”に様々なサバイバルの技術を教わったのです。

そして、今の「私」はかつての「キノ」と同じように『旅人』になったのでした。

作者の都合でなくキノが旅するワケ

(プロローグ「森の中で」a・b)

旅人といえば、松尾芭蕉吉田兼好が代表的だと思います。もしくは紀貫之などもその一人にあげられると私は考えています。

彼らはそれぞれの哲学、あるいは信条に基づき、はたまた仕事で各地を旅します。
しかし、私はどれもどこか突き動かされている感覚があるのが共通していると思っているのです。

実は、『キノの旅』にはプロローグが存在し、冒頭に後半のb、末尾に前半のaが収録されています。

二人はどこかの森の中、消えかけの焚火を前にとりとめもなく話をしています。

そのときふとエルメスからギモンが打ち明けられました。プロローグはそこから始まります。

「人間はどうして旅をしているのかな」

「人間がかい?それとも、ボクがかい?」

「まずは、人間から」

それに対して、キノはいくつか理由を述べます。

・今まで行ったことのないところへ行きたい。
・見たことのない物を見たい。
・食べたことのないものを食べたい。
・会ったことのない人と話したい。

つまり、未知への探求心と好奇心が人間を旅へと駆り立てるのだと言っているのです。

ここで、私は咄嗟に筒井康隆の『旅のラゴス』を連想しました。

旅のラゴス (新潮文庫)

旅のラゴス (新潮文庫)

主人公ラゴスは冒頭で出会ったある女性の事が忘れられず、追い求めるうちにそれが旅になります。

物語はラゴスが絶望とも思える最後の旅路に乗り出す場面で幕を下ろします。
しかし、その場面の何と希望に溢れている事か。

人間がいかに夢を追う生き物であるか、そしてその心こそが人間を旅へと誘うのだということがとてもよく表れていました。

一方、
「じゃあ、キノは?」

キノはやむに已まれぬ理由から国を飛び出してしまいました。決して冒険を夢見たわけではありません。
だからキノにはもう帰る場所がありません。師匠からも家で同然で出てきてしまいました(カノンをパクりつつ)。ですが、どこかに安住の地を求めることも可能です。
それでも「キノ」が旅を続ける理由は何なのでしょうか。

「ボクはね、たまに自分がどうしようもない、愚かで矮小な奴ではないか?ものすごく汚い人間ではないか?なぜだかよく分からないけど、そう感じるんだ。そうとしか思えない時があるんだ……。でもそんな時は必ず、それ以外のもの、たとえば世界とか、他の人間の生き方とかが、全て美しく、すてきなもののように感じるんだ。とても愛しく思えるんだよ……。ボクは、それらをもっともっと知りたくて、そのために旅をしているような気がする」

そして、こうも言います。

「止めるのは、いつだってできる。だから、続けようと思う」

彼女が見たいと思うもの。それは美しいもの。

しかし、世界は美しくなんかありません。
これまでの話で見てきた国々はどれも滑稽であったり、醜かったり、汚かったりするだけで、少しも美しいとは思えません。

でも、それは自分も同じなのだと、この少女は暗に語っています。
そしてそんな自分が世界の一部なら、世界は美しくなんかないとひっくるめられます。しかし、世界の一部たる自分が自分を自覚し、他を認識した時、ふいに共感が芽生え、自分以外の世界がとても美しく見える。

ゆえに、
「世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい」のです。

ではこれにて、『キノの旅——the Beautiful World——』第一巻の紹介を終えます。

最後に、ブログの都合で『平和の国』の解説だけあえてしませんでした。
これもなかなかにエグいお話でしたが、「平和」というものを別な視点で描いた傑作です。

ぜひ、ご自身の目でご賞味ください。

それでは、前編・後編とお付き合いくださりありがとうございました。

(文:文月)